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福岡高等裁判所 平成4年(行コ)2号 判決

控訴人

橋本政弘

右訴訟代理人弁護士

村上俊夫

被控訴人

熊本県知事

福島譲二

右指定代理人

菊川秀子

外五名

主文

一  本件控訴を棄却する。

二  訴訟費用は控訴人の負担とする。

事実

一  控訴人は、「原判決を取り消す。控訴人が原判決別紙米穀小売販売業(営業所増設)許可申請一覧表記載の各申請日に食糧管理法に基づいて被控訴人に対してなした米穀販売小売業者(営業所増設)許可申請について、被控訴人のなした不許可処分を取り消す。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴人は、主文と同旨の判決を求めた。

二  当事者双方の主張は、次項に付加するほかは、原判決事実摘示のとおりであり、証拠の関係は、原審訴訟記録中の書証目録、証人等目録及び当審訴訟記録中の書証目録に記載のとおりであるから、これらを引用する。

三  当審におけると当事者双方の主張

1  控訴人

(一)  米穀小売業につき都道府県知事による許可制度を採用した食糧管理法八条ノ三の規定及びこの許可の要件を定めた食糧管理法施行令(以下「施行令」という。)五条の一二、食糧管理法施行規則(以下「施行規則」という。)五五条の各規定は、憲法二二条一項所定の職業選択の自由の保障に違反し無効である。従って、右各規定に基づく本件処分は、憲法に違反する無効なものであるから、その無効を確認する意味において取り消されるべきものである。

(二)  仮に、右の許可制度が合憲であるとしても、許可の要件のうち規模要件を定めた施行令五条の一二・一項六号及びこれを受けた施行規則五五条の「年間販売見込数量」について、被控訴人はこれを二二トンと設定しているところ、この数量には合理的根拠がないから、このような規定を適用してなされた本件処分は、結局は合理的な理由もなく控訴人の職業選択の自由を侵害したことにほかならない。この点においても、本件処分は取り消されるべきである。

(三)  すなわち、食糧管理法は、昭和一八年に我国の戦時体制下においても統制経済体制を整える必要性が急務となったために制定された法律であり、この目的を実現するために米穀卸業、小売業についての許可制度を設けるなど流通に対する規制をした。

しかし、今日、戦時体制にないことはもちろんのこと、食糧不足による食糧確保の必要性もなく、米穀の流通に対する右のような規制をすべき合理的根拠もなくなった。そのため、食糧管理法は現実には適用されずあるいは適用されない状況にあり、もはやその目的とする国民の食糧の確保及び国民経済の安定を、憲法で保障されている職業選択の自由を制約してまで、同法によって図らねばならない理由などない。

2  被控訴人

(一)  食糧管理制度は、昭和一七年に食糧管理法が制定されて以来、主食である米について、国が責任をもって国民に安定的に供給するとともにその必要量を確保するという役割を通じて、国民の食生活の安定を図り、わが国農業の基幹である稲作農業をも支えるという重要な役割を果たしている。

食糧管理法は、昭和五六年に前後の需給事情や経済情勢の変化に対応して政府が米穀を管理するという制度の基本を維持しつつ、需給動向や流通実態に即応し、過剰、不足いかなる需給事情の変動にも的確に対応しうるように大改正されたが、米穀の流通業者の地位と責任の明確化(八条ノ二、八条ノ三)は、改正の主要点のひとつである。

すなわち、米穀の販売業者については、従来、販売業者の登録制度がとられていた(旧八条ノ二)が、米が本来的に有する投機性を排除するほか、在庫の不足時や端境期においても、米の地域的偏在を防ぎ、消費者に対し、その需要に対応して米穀の安定的かつ円滑に供給するうえで、適正な販売活動を確保することが極めて重要であることにかんがみ、右の改正により都道府県知事の許可を要するものと改めて、その米穀の流通を担う者としての地位と責任を明確にした(八条ノ三)。このように登録制から許可制に改めることによって、販売業者の日常の業務活動について、右法改正の趣旨に即した適切な指導監督が可能となり、消費者たる国民に対する米の安定供給の確保も可能となるのである。

このようにして、米穀の販売業者の許可制度は、米穀の正規の流通ルートを特定・確保するため、これらの流通を担う販売業者の地位と責任を明確にし、もって食糧管理法の定める「国民食糧ノ確保及国民経済ノ安定ヲ図ル為食糧ヲ管理シ其ノ需給及価格ノ調整並ニ規制」(一条)の目的を達成するため、極めて重要な役割を果たしているのであって、その必要性及び合理性は明らかである。

(二)  米穀小売業を含む販売業者の許可制度は、前記のとおり、食糧管理制度のなかで、正規の流通ルートを特定・確保して、米穀を消費者に安定的かつ円滑に供給し、もって国民生活の安定を図ろうとするものであるから、この制度の維持は公共の福祉に合致するものである。従って、この制度によって職業選択の自由になんらかの制約が生じるとしても、この規制の目的が前記のようなものであるからには、その規制の目的において一応の合理性が認められるうえ、その規制の手段・態様においても十分な合理性があるから、右の許可制度は、重要な公共の利益のため必要かつ合理的な措置であり、職業選択の自由に対する法的規制措置が食糧管理制度について認められた立法府の裁量権を逸脱し著しく不合理であることが明白であるとは到底いえない。

右の許可制度は、合憲である。

理由

一当裁判所も控訴人の本訴請求を棄却すべきものと認定判断するが、その理由は、次項に付加するほかは、原判決の理由説示と同一であるから、これを引用する。

当審において取り調べた証拠によっても、右の認定判断を左右することはできない。

二当審における主張(米穀販売業の許可制度と憲法二二条一項)について

1  憲法二二条一項は、何人も公共の福祉に反しない限り、職業選択の自由を有すると規定しているが、これには職業活動の自由をも保障する趣旨が含まれていると解されるところ、これらの職業の自由は、右規定に公共の福祉に反しない限りという留保が付されていることにかんがみると、いわゆる精神的自由に比して、公権力による規制を可能ならしめるものと解すべきである。

ところで、職業というのは多種多様であるから、これに対する規制もこれに対応してさまざまな形態となるものである。従って、この規制が憲法二二条一項に適合するかどうかについては、それぞれの具体的規制についてその規制の目的、必要性、内容、これによって制限される職業の自由の性質、内容、これに対する制限の程度を検討し、これらを比較考量したうえで、当該規制に必要性、合理性があるかどうかを見極めて決定すべきである。そして、この合憲性の司法審査に当たっては、規制の目的が公共の福祉に合致するものと認められる以上、そのための規制措置の具体的内容、必要性、合理性については、立法府の判断がその合理的裁量の範囲にとどまる限り、これを立法政策上の問題として尊重すべきであるが、この合理的裁量の範囲については、ことがらの性質上おのずと広狭があり得る。一般に本件のような許可制は、多くの場合法定の許可基準を設定してこれに照らし行政庁が許否を決定し、許可を得てはじめてその職業を行なうことができるものであるから、単なる職業活動の内容及び態様に対する規制を超えて、狭義における職業選択の自由そのものに制約を課す強力な規制である。従って、右の許可制の合憲制を肯定し得るためには、原則として、重要な公共の利益のために必要かつ合理的な措置であることを要する(最高裁昭和四三年(行ツ)第一二〇号昭和五〇年四月三〇日大法廷判決・民集二九巻四号五七二頁、同昭和六三年(行ツ)第五六号平成四年一二月一五日第三小法廷判決・民集四六巻九号二八二九頁各参照)。

ところで、国民の食糧、とりわけ主食たる米穀を確保しこれを安定的に供給することは、国民の生存のみならず国民の諸活動の根源をなすもので、国政上極めて重要な課題であることは論をまたない。そうであれば、この課題をいかに克服するかは国家的レベルにおいて検討、立案さるべきことがらであり、それには刻々推移する食糧事情や経済事情に即応しながら、米穀の生産から流通、供給、消費に至る過程を、食糧の確保とその安定的な供給という目的のためによく制御することが肝要であり、従ってこれにはおのずと右の過程に何らかの公権力の介入、すなわち公権力による規制が要請される契機がある。そして、この規制の目的、必要性、内容、程度については、ことがらの性質上、極めて専門的、政策的、技術的な判断が必要であると考えられるから、右の規制のあり方に関してはまずもって立法府の判断に委ねるほかはなく、従ってその判断をまず尊重するのが相当である(最高裁昭和五五年(行ツ)第一五号昭和六〇年三月二七日大法廷判決・民集三九巻二号二四七頁、前掲最高裁平成四年一二月一五日判決各参照)。

このようにして、国民の食糧の確保とこれの安定的な供給を目的のために、米穀の販売業について許可制による規制を設けるという立法府の判断が、その必要性と合理性について合理的裁量の範囲を逸脱し、著しく不合理なものでない限り、右の規制を憲法二二条一項に違反するものとはいえないと認めるのが相当である。

2  そこで、米穀の販売業について許可制を採用した経緯を検討する。

証拠(〈書証番号略〉)によれば、次の事実を認めることができる。

(一)  食糧管理法は、昭和一七年に制定されたが、これは、折からの戦時下にあって、食糧の絶対的不足の事態を念頭におきながら国民の食糧の確保と食糧を巡る国民経済(生産者である農家の経済と消費者としての国民の経済)の安定を目的として、政府が国民の必要とする主食たる米穀を管理するといういわゆる食糧管理制度を採用した法律である。すなわち、この法律によって政府が国民の必要とする米穀を管理し、わが国農業の基幹をなす稲作農業の安定を図りつつ、国民の必要とする主食の米穀を安定的に供給しようとするものであって、この法律は、その後、その時々の食糧事情等の変化に対応しながらその役割を果してきた。

しかし、同法は、前記のとおり食糧の絶対的不足時を念頭において制定されたため、戦後のわが国の経済環境の変化に対応し難い側面が顕在化するとともに、規制内容と経済的実態とのかい離を生じ、法律の条項が遵守され難いという問題が生じてきた。そこで、同法は、昭和五六年、旧来の右の問題点に対処するとともに、政府が国民の必要とする主食たる米穀を自主流通米を含めて管理するというこれまでの食糧管理制度の基本を維持しつつ、需要動向や流通実態に即応し、不足の場合のみならず過剰の場合も含めていかなる需給事情の変動にも対応できるように食糧管理制度を再編成するために、改正された。

(二)  米穀の販売業者制度の改定は、右改正における主要な改正点のひとつである。

すなわち、米穀の流通を担う米穀の販売業者については、従来旧法八条ノ二によって販売業者の登録制度が採られていたが、食糧管理法の目的を考慮するとき、消費者たる国民に対し、その需要に的確に対応して米穀を安定的かつ円滑に供給するためには適正な販売活動(投機性の排除、地域的偏在の是正等)を確保することが重要であることにかんがみ、販売業者について都道府県知事の許可を要するものとして米穀の流通を担う者としての位置付けを法律上明確にした(法八条ノ三)。このように登録制度を廃止して許可制度を採用したのは、これによって法改正の趣旨に沿った販売業者の日常の業務活動について必要かつ適切な指導監督が行えること、またこれまでの登録制度の運用が実質的には許可制度とかわらないものであったことも理由のひとつであった。

また、この許可の権限を都道府県知事に委ねたのは、従来の登録制度における都道府県知事の役割との連続性に配慮し、法改正により策定すべき供給計画(法八条一、二項)において定める都道府県別の米穀の数量の供給は、各都道府県内の販売業者の適正な活動を通じて行うこととしていることにかんがみ、都道府県知事が販売業の許可とその指導監督を行うのが適切であると考えられたからである。

3  右2の認定事実に基づき検討する。

前記のように、食糧管理法の目的は、国民の食糧の確保と国民経済の安定を図るため、政府において国民の食糧、とりわけ主食たる米穀を管理し、その需給、価格の調整、流通の規制を行うことにある(同法一条)が、このように食糧を確保しこれを安定的に供給することの重要性は、食糧、とりわけ主食である米穀が国民の生存と諸活動の根源であることに由来する。そうであるから、食糧の確保とその安定的供給は国家的課題であり、この課題克服のためには、米穀の食糧についてその生産から流通、供給、消費に至る過程をこれらが相互に関連するものとして総合的な立場から制御することが必要であるといわねばならない。そして、右の流通過程を担う販売業者について一定の資格要件を設定して、これを充足する者に対してのみ販売業者たり得るとすることは、販売業者が米穀の流通過程を担う者であること、かつ、この流通が適正、円滑に行われないならば、米穀の生産から消費に至る一連の過程の一端に支障が生じ、米穀の安定的供給が阻害されることにもなりかねないことにかんがみると、適正、円滑な流通過程を確保、維持するために、一概に不要な規制というわけにはいかず、目的においても合理性がないとはいえない。

従って、米穀の販売業者について許可制を採用した(法八条ノ三)立法府の判断が、その専門的、政策的、技術的な裁量の範囲を逸脱し、著しく不合理であるとは未だいうことができない。

4 このように、米穀の販売業者について許可制度を採用したことが直ちに憲法二二条一項に違反するとはいえないとしても、右のような職業選択の自由に対する規制については、当該許可制度の下における具体的な許可基準との関係においても、その必要性と合理制が認められなければならない(前掲最高裁昭和五〇年四月三〇日判決、同平成四年一二月一五日判決参照)。

そこで、本件処分の理由とされた控訴人が米穀小売業の許可のための規模要件を充足していないという規模要件の必要性と合理性について、検討する。

前記引用の原判決理由説示のとおり、食糧管理法八条ノ三・第一項によれば、米穀の小売業を行わんとする者は政令の定めるところにより都道府県知事の許可を受けることを要するところ、右の政令である施行令五条の一二第一項六号には、本件の控訴人のように既に米穀の小売業の許可を受けている者がその営業所の所在する市町村の区域で新たに営業所を設けて小売業を行おうとして分店設置の許可の申請をする場合、申請に係る営業所における米穀の年間販売見込数量が農林水産省令で定める数量を超えると認められることが許可の要件とされ、さらにこれを受けた施行規則五五条但書、昭和六〇年五月一一日熊本県告示第四一〇号(〈書証番号略〉)によれば、本件処分時の同年一〇月五日当時、分店を設置するための規模要件として、既存の現営業所及び新たに設けようとする新営業者における年間販売見込数量が、いずれも四四精米トンを超えることを要求している。

引用に係る原判決の理由説示(原判決一〇枚目裏末行の「食糧管理法施行規則」から同一一枚目表五行目の「解されるところ、」まで)のとおり、分店設置の許可は、取扱数量が極めて多くなった営業所が消費者の利便を考慮して従来の営業所の営業を分割するのが直接の目的ではある。しかし、そもそも分店設置を許可に係らしめた理由は次のように考えるのが相当である。

米穀の小売業が米穀の安定的な供給を維持するうえで重要な役割を担っていることは、既に繰り返し説示したところである。従って、小売業が右の役割を果すためには、なにはともあれ小売業がそれ自体経済合理性を保ちながら事業として成立し継続していくことが不可欠の前提であるというべきである。そうすると、新規に参入しようとする場合や既存の許可を受けた小売業者が分店を設置しようとする場合に、新たな営業所あるいは分店が経済合理性を保ちながら存続し得る見込のあるときに営業の許可を与えようとすることは、必ずしも不合理な考えとはいえず、この許可の要件のひとつに、事業が成立し継続し得る目安として年間販売見込数量という指標を設定することも、また合理性がないとはいえない。そしてまた、右の指標について、新規に参入しようとする場合と分店設置の場合とでこれを後者により重くすることは、後者が既に許可を受けているいわば既得権者であることにかんがみ、新規参入の阻害とならないように配慮するものと考えられ、格別非難すべきことではない。

そこで、右の分店設置の場合に販売見込数量が年間四四精米トンを超えるべく要求していることの当否について考えるのに、この数量制限のため、およそ分店設置がまったく不可能か著しく困難であるならば、それは職業選択の自由に対する規制として合理性が認められないといい得るかも知れない。しかし、証拠(〈書証番号略〉)によれば、少なくとも本件処分がなされた前後において、右の数量制限によって分店設置が不可能ないし著しく困難になっていた情況にはないことが認められる。そうすると、年間販売見込数量を四四精米トンと設定していることが不合理であるとは断定し難い。

5  以上のようにして、控訴人の当審における主張は採用できないというほかはない。

三よって、本件控訴は理由がないから棄却することとし、民訴法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 緒賀恒雄 裁判官 近藤敬夫 裁判官 木下順太郎)

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